

カラテ物語
Written by: G.G. Oyama
Illustrated by: 木村僚佑
Ryou Kimura
第2章 初稽古
家に帰ってきても稽古の余韻が身体や心に残っている様で、なんか熱く感じる。
母親がどうだったと、聞いてきたので出来るだけエキサイトした自分をおさえて「けっこう、面白かったよ」という。
「そう~、お父さんも喜ぶよ」と母親が言いながら嬉しそうな表情を見せた。
なんか親孝行をしたように思った。心の中で「お父さん僕、頑張るよ」と呟く。
次の朝起きると身体が重く感じ、腕や胸、腿の裏、背中の筋肉が痛かった。
「きっと明日の朝は身体が違った感じがするが、それが普通なんだから、頑張らないといけないよ、だいたい1週間から10日ぐらいで身体の痛みが消える、身体のコンデションが上がるんだ、だから心配しないで稽古を続けないとナ」と言っていた真太郎先生の顔が浮かんできた。
今日の5時間目は体育の時間だった。ランニングと柔軟、それに跳び箱。
昨日は生まれて初めてあんなに身体を使ったので、何となく体がだるく感じる。
相変わらず慎吾や浩司が格好つけて跳び箱を飛んでいた。
僕が飛びそこなった時、派手に笑っていた。
「いまに見てろ、お前達に天罰を下してやる」と秘かに思った。
今までだったらそんな気持ちが湧いてくる訳がなかったのに、顔には出さなかったが心境に変化がでてきた。
きっとカラテの稽古を始めたからもしれない。
なんとなく次の稽古日が待てない気持ちになった。
僕の稽古は週3回、月、水、金の夕方の6時から一時間。金曜日が初心者だけでなくアドバンスの生徒とも合同で稽古する日だった。
驚いたことには初めての金曜日に、おなじクラスの中崎久美子さんがグリーン帯を締めて参加していた。僕も驚いたが中崎さんもびっくりしていた。
中崎さんが「オ~ス、タケゾウ君、カラテ始めたんだ、良いね」と囁いた
なぜか僕は慌てて「中崎さん、僕がカラテの稽古していること出来たらクラスの人に黙っててほしいだけど」とささやく様に言うと、「大丈夫心配しないで」と笑いながら答えてくれた。

金曜日の稽古は相手をおいて実際に闘う組手の稽古であった。
先生が組手では特に気合が大切だ。勿論稽古はすべて気合がないと意味がない。「組手ではどうしても自分よがりになる。自分の突きや蹴りは相手にヒットするが、相手の蹴りや突きはもらわない。自分勝手に考えるのが自然だが、残念ながら実際の組手ではそうはいかない。一発突いたら、相手はなんと三発も四発もついてくる。まず先さきと攻めることを考える。それにはまず自分に気合を入れる。」甘くないと思った。
相手はどんどん変わってくる。いろいろなタイプの人と組むことになった。
最初は戸惑ってしまったが、いつものクラスよりアクションがあって面白かった。
先生が初心者や女性の相手の時はコントールするようにと注意する。
初めて黒帯の人と組んだときは恐かったが、優しく導いてくれた。
だんだんと身体を縛っていた緊張感がとれてくるように感じた。
稽古中先生と目線が合う。ニッコリと僕を包んでくれるような微笑を投げてくれた。
同じ年頃の中学生らしい人と組んだとき回し蹴りを受けたり、正拳を受けたりしたが僕と違ってパワーがあった。先生が稽古中に時々いう言葉が印象に残った。
「飯を食うのも稽古、寝るのも稽古、寝るときに、心なかで正拳、正拳、回し蹴り、回し蹴り…強くなる・・なあ~って、言って寝ると良いよ」ワッハハである。
「一番大切なことは自分に挑戦すること自分を甘やかさない事だ。まず手に届く目標を掴むんだ、そこから次の目標を立てる。腕立て伏せ、腹筋、スクワットいつでもできる。今日10回やったら次の週は20回と数を増やす」
「基本稽古は技を稽古しながら自分と対話をしていると思えばいい・・・、一つ一つ技が語りかけてくる。もうすこし力が必要だとか、スピードを上げろ…とか、気合いを入れて稽古をすると基本の技が語りかけてくる。自分の身体と対話をする。・・・さぁ~気合!・・・」何となくではあるが分かる気がする。
先生の話を聞きながら、そうだ僕はもっと身体を大きくしよう・・本当にそう思った。
毎日朝軽くランニングと腕立て伏せをやろうと決心する。
毎日は無理かもしれないが一日おきにやってもいい。
無理しないでスケジュールを立てよう。
・・・あれから最初の2~3週間はホント大変だった。
でも我慢している内にそれほど苦にならなくなった。
3週間過ぎたころから僕の回し蹴りを先生に褒められた。
実際右の回し蹴りを出したとき、蹴り脚と上体のバランスが自然に感じられ、無理なく身体が回り、蹴り脚にスピードが出るのが身体で分かった。
蹴れば蹴るほどスピードが乗ってくる感じがした。
身体の底から何か得体のしれない喜びと自信みたいな気持ちが湧いてきた。稽古を続ければ強くなると思った。よけいに気合が入った。
「タケゾウお前の回し蹴りなかなか良い。とくに右足の蹴りの角度が良い、左を蹴るときも右足のイメージをもって蹴れ、利き足だけ稽古するじゃなく、弱い方の足を注意して稽古しろ、その稽古が利き足の蹴りをもっと強くすることになるからな、みんな自分の利き腕や利き足ばかり稽古したがるんだ、忘れるな」
先生に褒められ、アドバイスをもらって僕はチョット舞い上がるような気持ちになった。カラテの稽古を始めて食事もいつもより食べるようになった。
母親がご飯のお代わりをすると、嬉しそうな顔を見せる。実際本当に腹が減る。
自分の身体がだんだん大きくなっていくように感じる。お風呂から出て鏡の前に立つと胸や腕の筋肉がなんか少し大きくなっているように見える。
ひそかに鏡を見るのが楽しくなった。
良く分からないが身体の変化がなぜか気持ちの変化にもなってきた。
なんか自然に胸を張れるようになってきた。

半面学校の授業中、午後のクラスになると睡魔が襲ってくるようになった。
やばい、何とかしないといけない。
真太郎先生に話すと「タケゾウ俺は、昼寝が大好きなんだ。だからそんなこと言われても助言のしようがないよ、俺だったら学校の成績は落第しない程度で充分と思っていたので昼飯食ったら子守歌が聞こえだしたものだ。おまえの場合はまだ体が出来ていないので眠くなると思うよ、もう少し頑張ればきっとそんなに眠くならないかもしれない」
成績がチョット落ちたが、それでもクラスのトップテンに入っているので、後は自分の努力次第だと思った。
稽古を始めて丁度2カ月過ぎたある日学校での体育の時間、1組5人の4組に分けられて相撲の勝ち抜き戦になった。女子はそれぞれの組の応援にまわされる。
僕の組に中崎久美子さんが入った。よけい気合が入った。
対抗戦になったのでクラス全員が熱くなった。
クラスの人は中崎さんだけ、僕がカラテの道場に通っていることを知っているだけで後の人は知らなかった。右の回し蹴りを先生に褒められたあの日から、学校で慎吾や浩司を見ても違った感じがする。
恐さがそれほど感じなくなったし、むしろ秘かに闘志が燃えた。
以前よりは体力がついていることが自分の周りの世界を変えたように見える。

真太郎先生がカラテの稽古中に掌底の技を一度見せてくれた。
下から相手の顎を狙って突いたら簡単に決まる様な気がした。
相撲の手には張り手が許されている。TVを見て知っていたので使ってみようと思った。慎吾の組がやはり抜群に強かった。
僕達の組もなんとか勝ち抜き、決勝戦で慎吾の組と対戦することになった。
僕の組には井上君がいた。彼はレスリングのジムに通っている子で相撲も強かった。
井上君が最初から慎吾の組の子をバタバタ倒していった。
3番目に浩司と対戦、熱戦になったが、なんとか凌いで井上君がかろうじて勝。
でも3人抜いて彼も疲れてきたので次の相手には簡単に寄り切られた。
井上君の後は次の3人とも簡単に負けてしまった。僕は5番目の出番。
右四つに組む相手が押してきたところを上手く身体を捻って投げた。
綺麗に決まり僕が勝った。中崎さんと目が合う。中崎さんが両手を上げて喜んでくれた。クラスの他の連中も意外な展開に、怪訝な顔つきを見せていた。
慎吾が眼をまん丸くして僕を見た。僕の組は大騒ぎになった。
「オゥ!タケゾウ~行け~」と応援してくれる。次の相手が慎吾だった。
「今の僕はお前に、虐められた子ではない、ぜんぜん違う人間だ」と言い聞かせる。
でも、目の前に慎吾を見ると僕の心臓がドキドキと鳴り出す。
身体がなんとなく固く感じる。
右の掌底で慎吾の顎を一発で決める。自分に言い聞かせる。
でも動悸がどんどん大きくなる。両足がなんとなく震える。
口の中がカラカラになる。真太郎先生が言っていた。
相手は人間だ、オバケじゃない。ポケモンでもない。同じ人間だ。
そうだ慎吾は生意気なガキだ。慎吾は僕がカラテの稽古をしていることを知らない。
勝てる。気合いだ。仕切って目線が合う。慎吾の顔が眼の前にある。恐い。
また大外刈りで投げられる。一瞬そんな気が身体を走る。
慎吾の眼を見なければいいだ。胸を見て行こう。

右の掌底。センセイの号令が入る。
慎吾が眼を何時もように細めながら睨みつけ、ゆっくりと立ちあがり左足を踏み出しながら両手で僕を掴みに出てきた。
そのタイミングにあわして、僕は左足を踏み込み左手を慎吾の右肩に伸ばしながら右の掌底を下から慎吾の左顎に決める。“ガシッ”と、右肩に衝撃が感じられた。
慎吾の両足が眼の前で宙にあがり身体が浮いて、ドーンと後ろに倒れる。
みんな何が起こったか唖然とした。僕も信じられなかった。
慎吾が失神してしまった。
みんな倒れて白目をむいている慎吾を見ながらゆっくりと僕の方に視線を回す。
僕もビックリした。
こんなに簡単に掌底打ちが決まるなんて、思わず口を開けたまま、皆を見つめた。
中崎さんと目線が合い我に返った。中崎さんは形のいい綺麗な口を開けて大きな目をさらに大きくして僕を見つめていた。僕は動けなかった。
倒れた慎吾を先生が抱きかかえて介抱している。僕の身体に雷が響き渡る。
僕はただ黙って立っていた。徐々に僕の身体に今まで感じたことがないような、不思議な喜びがゆっくりと広がってきた。
その晩、ベット入っても右の掌底がしびれる様に感じる。
眼をつむっても、スローモーションを見ているように慎吾を倒した昼間の光景がよみがえる。興奮してなかなか寝付かれなかった。
カラテ万歳と思った。
続く