

カラテ物語
Written by: G.G. Oyama
Illustrated by: 木村僚佑
Ryou Kimura
第 5 章 転校生

寝る前に父親の日誌を読む。
0月0日 今日はいくらか痛みが和らぐ。私が稽古を始めたころ技を多く身につけようとした。技を他の人より多く使えるようにすることが勝利に繋がると考えていた。
ある日私の先生に「若いときは多くの技に走らないで、自分の体に合った、目の前の技、一つ一つに絞って深く稽古しろ。その技にいかに切れ、鋭さ、力とスピードが入るか、そのことを追求しろ」今でもあの先生の言葉を思い出す。多くの技に頼ろうとしないで、目の前の技を正確に、深く、力強く、鋭くするために汗を流せ。その積み重ねがタケゾウのカラテを大きく育てる。迷うな!技の数ではない。深く身につた技にいかにパワーとスピードをつけるかだ。頭、心で稽古をするな、体全体で稽古をしろ。・・励め!
胸の中でもやもやしていた霧のようなものが、父親の日誌を読んだ後消えていった。
僕の年頃で、変に数多くの技に頼る組手をすると、勝負対する肝心な気合、気迫が育たないように感じた。
器用に組手をこなすのでなく太く自分のカラテを練り上げなくてはいけない。
もっともっと右の回し蹴りを練り上げようと決心する。
先生の話、父親のアドバイスで気持ちが落ち着いてきた。眠気が来る。
学校が夏休みに入ると、道場は出席する生徒の数がいくらか少なくなった。
もうすぐ三年生、高校の受験に備えて勉強をしないといけない。
担任の先生が僕の成績で特待生で入学できる私立高校の名前を教えてくれた。
母親にできるだけ経済的な負担を掛けたくなかった。
僕は毎日練馬区の図書館で受験勉強をすることにした。
なんか数学や物理、歴史・・いろいろな問題集を解くのはカラテの稽古より難しくない。

図書館で3時間ぐらい続けて勉強したら、ちょっと息抜きがしたくなった。
ロビーに出て昨日の夜、寝る前にツトム先輩から来たメールを読み返す。
「オイ、タケゾウ変な奴が道場に来たぞ、名古屋支部の戸山輝先生の生徒で、荒岩虎男と言う奴、俺と一緒の高2、今3級の緑帯だって。稽古中凄い気合を入れるやつで、先生も俺達も一瞬動きが止まったぞ、すぐに先生が何時もの様に笑い出し「オイ、すごい気合だな」と言ったら「名古屋の生徒はみんなこのぐらいの気合を入れます」だって。そいつ、すげー馬鹿力。もう少しで俺の必殺回し蹴りをくれてやろうかと思ったが、やめた。明日稽古に来るのか?」
いつもながらツトム先輩のメールは劇的である。
荒岩虎男さんを想像すると胸が高鳴った。
夕方、図書館から一歩外に出ると熱気が身体を包む。まわりが白っぽく見える。
商店街を通って歩いているうちに汗が流れる。
身体がちょっと重く感じる。
それでも気合はある。竜馬先輩に何とか一歩でも近ずきたい。
竜馬先輩のことを思うとなぜか中崎久美子さんのことが浮かんでくる。
僕は一体なにを考えているんろう。カラテのことを考えるべきである。
僕は意識して中崎さんから、カラテの稽古に自分の考えを追いこむ。
歩きながらいろいろと稽古のことを考える。青帯になってから2週間になる。
下段払い、上段受けはなんとなく分かってきたように思う。
外受けや内受けは受ける腕と身体全体の関係がバラバラに感じる。難しい。
後ろ蹴りになると全くお手上げである。
先生が両足のバネを使って鋭く回転をする。頭と肩、上体のリードで・・・。
先生の説明はなんとなく頭では分かるが、如何せん身体が鋭く回転しない。
鋭く回転しようとすると、身体の軸が崩れてしまう。
稽古の仕方として、先ず自分の身体の態勢を後ろ蹴りの形に持っていく。
なんの基本技でもそうだが、まず大切なことはその技の態勢、その技が身体全体で無理なく出せるように、自分の身体を持っていくことだ。
蹴ろう蹴ろうと焦らないでまず自分の身体を後ろ蹴りの態勢に待っていく…と先生は重ねて同じことを繰り返し説明してくれる。
「そのためには壁や、柱を使ってバラスを無理なく取り、両足で鋭く回転できる練習を繰り返すと良い」と言う。
僕はまだ後ろ蹴りまで本格的に稽古できるレベルに至っていない。
今は受け技の稽古に気を入れなくてはいけないと思った。
ホント教典2の内容は難しい。
受け技も、それに後ろ蹴りも今までの稽古内容と全く違った感じがする。
道場で先生や先輩に注意されたことを復習するが技と身体の一体感が掴めない。
正拳、前蹴りや、回し蹴りはなんとなく身体に馴染んできたように感じるが、受け技は上体や腕、肩と両足、そのバネ、タメがちぐはぐな感じがする。
いろいろと考えを巡らしているうちに道場が見えてきた。
道場に入るとツトム先輩がすぐ僕のそばにとんでくる。
「オイ、メール読んだか?」「オス」と答える。
「もしかしたらアイツ今日来るかもしれない」と先輩が言ったとき、問題の人、荒岩虎男さんが汗をかきながら現れた。ピッタリしたTシャツ、身体が大きい。
ツトム先輩の様にぽちゃぽちゃとした体質でなく筋肉の塊の様に見えた。
きっとカラテだけでなくレスリングかウエイトも練習しているように見える。
ツトム先輩と自然と目線が合う。澄ました顔で先輩がうなずいた。
稽古が始まる。ストレッチの時、ちらっと横目で荒岩さんを見る。
ツトム先輩と同じように体が硬かった。
ツトム先輩がいつもの様に顔をゆがめて股を開いていた。
荒岩さんも同じように顔色を変えて「フーフー」と荒い息を漏らしながら開いていた。
僕は、なぜだか安心した。でも顔には出さずストレッチを続けた。
色帯別に分かれて基本とその応用を稽古する。
今日も外受けが上手く決まらない。受けの決め、インパクトのポイントが流れてしまう。
受ける前のタメ、態勢が悪く腕だけで受けている感じ。身体全体の一体感がない。
受ける腕を外から回すように持ってくるんだが、受ける腕の肘が先に出てしまう。
先生が「手を開手してゆっくりと外から回しこめ。受ける腕を腰と肩でリードしながら、インパクトの瞬間手首、腕を内に鋭く返せ」と指導してくれる。
拳を握らずに、開手で稽古すると肩、上体の動きが柔らかく感じられ脚腰の動きと繋がっているように思えた。一歩前進である。
先生が「自分の握りを身につけるのに3年位はかかる」と言ったことが頭ではなく身体で分かり始めた。「一つ一つの技を正確に学べ・・・武道のすばらしさは誤魔化しがきかないところにある。励め」と言った父親の言葉も理解できるようになった。
焦らずにコツコツと「オス」の二文字で外受けを練る。
三戦立から、前屈立ちに変わり移動稽古になる。
僕たち青帯の横で、ツトム先輩や荒岩さんが茶帯の人達と一緒に難しそうな型を、繰り返し、繰り返し稽古しているのがチラッと眼に入る。
柔軟、ストレッチに入った後、今度は相手を置いてミットを使っての稽古になる。
膝蹴りから入ったがツトム先輩と荒岩さんが組んだ。
僕は茶帯の小島さんと組む。小島さんは僕の母親と同じぐらいの主婦である。
ちょっと太り気味、優しい性格の婦人が、なんでカラテの稽古しているのか最初は不思議に思った。先生が「上体のリード、いいか蹴り技は上体のリードを大きく使うこと・・・始め」と号令をかける。
途端に「アイヤー オーウオラー」と今まで聞いたことのない気合が道場に響いた。
僕はびっくりし思わずその気合のほうに目線が行ってしまった。
小島さんもびっくりして動きを止めてしまった。
「俺は猛獣にカラテを教えてる。調教師だ。皆も虎男に喰われない様に気合を入れろ」と先生が笑いながらみんなに叱咤する。今までにない緊張感が道場に出た。
虎男さんはニコリともせずにツトム先輩のミットに膝蹴りを出していた。
ツトム先輩が顔を真っ赤にして、ものすごい形相で必死で受けていた。
虎男さんが「ソレッ」と気合を入れながら蹴るとツトム先輩の身体時々浮いていた。
僕はなんとなく「ツトム先輩頑張れ」と胸の中で声援を送る。
ツトム先輩、きっとジャングルで本当の虎と戦っている気分だと思った。
約2分間の激闘だった、今度は虎男さんがミットを持つ。僕もミットを持って小島さんの蹴りを受ける。始めの気合で、ツトム先輩「アイヤー」と大きく気合を入れる。
虎男さん、顔色を変えず静かな顔つきで受けている。
ツトム先輩「アイヤー、アイヤー、オイショウー」と気合を入れながら頑張っているんだが虎男さん澄ました顔で受け、逆にツトム先輩に「オレ~」と声を掛けていた。
先生の「ヤメー」の号令でツトム先輩、上体を折り曲げ両手で膝をつかんで「ゲ~イ、ゲ~イ」と荒い息を漏らしていた。虎男さん冷たい顔のままだった。
僕は対抗心が胸の中に湧いてきた。
膝蹴りから回し蹴りのコンビネーションに移り、同時に相手も変わった。
なんと僕は虎男さんと組まされた。ツトム先輩が僕が組んだ小島さんと相対した。
虎男さんがミットを持つ。僕の締めた新しい青帯を見ながら頷いている。
なんとなく子ども扱いにされているような気がした。
先生の「始め」の合図で、動き出す。
虎男さん両膝を伸ばしままミットを構えて「ハイ、ハイ」と掛け声を出し始める。
僕は逸る気持ちを抑えて、虎男さんの右側に送り足で入りながら角度を上手く取り、右の回し蹴りを思い切ってミットに蹴りこむ。「バシ」とミットが音をたてる。
蹴り脚がスーッと伸びていい感じで蹴れた。虎男さんの態勢がちょっと崩れる。
一瞬、虎男さんの眼が大きく開いた。
「オシ、オシ」と気合を入れながら僕は虎男さんの周りを動き出す。
虎男さんは棒立ちの態勢を変えずに僕の回し蹴りを受けていた。
それでも、受ける瞬間うまく腰を沈めていた。
始めの蹴りだけは、ちょっと驚かしたように感じたが、それ以後は虎男さん表情を変えずに簡単に僕の蹴りを受けていた。
「ヤメーイ」の号令を聞く、僕は息が上がっていたが我慢してゆっくりと息を整えた。
でも虎男さんは僕が息が上がってることに気が付いていたかもしれない。
僕はミットを最初から慎重に構えた。
虎男さんの澄ました表情の裏にきっと「この野郎、俺の蹴りを見せてやる」そんな気迫のようなものが伝わってきた。僕も気合が入った。
先生の「始め」の号令が響く。虎男さん右足前に構えて「アイヤー」変な気合を入れながら、僕との間合いを詰めてくる。
右手で僕が持ったミットを弾くようにしながら、さっと右足を交差して左足前の構えになりながら右の回し蹴を鋭く出してきた。蹴り脚が唸って飛んできた。
僕は思わず両手で受ける。
「ドシン」と鈍い音をたてながら僕の両手がもぎ取られた様な感覚が身体を走り抜ける。
凄いパワーを感じた。
先生が「タケゾウ、虎男の蹴りに合わして動かないと明日お前の腕が上がらなくなるぞ、蹴り脚に合わして回り込むんだ、インパクトを外せ」と言って、動きを見せてくれた。
「オス」と答えて虎男さんの動き合わして僕も必死に動いた。
虎男さんの蹴りに合わして回り込んでも、ミットを持った腕が痛かった。
でも痛い顔、怖がっている顔は見せないように何とか頑張った。
ツトム先輩の必死の顔つきが僕には良くわかった。

先生の「ヤメーイ」の号令に感謝した。
稽古が終わった後、みんなで掃除にはいる。
ツトム先輩が虎男さんいに話しかける。虎男さんは東京の大学を希望しているので夏休み親戚の家にやっかいになりながらだ都内の大学を回っているらしい。
ツトム先輩が虎男さんに「カラテ以外に何かスポーツやっているの?」と聞く。
虎男さんのキン肉マンのような身体、それにあの馬鹿力、一体どうやればああいう身体になるのか、僕もなんとなく知りたかった事だ。
腕や肩、胸の筋肉が盛り上がっているように見え、道着がきつくなっている。
なんとなく四角い顔も筋肉でできているように見えた。
虎男さんが「レスリングとウエイト」と、さらりと答えた。
なんか僕とツトム先輩がどうしてそんな馬鹿な質問するんだ・・ってな感じがした。
「僕が腕立て伏せとか腹筋とか、やらないんですか?」と聞くと。
「腕立て伏せ~、アッ、ウエイトの前に軽くやるよ、あのね~腕立て伏せや腹筋は準備運動だよ」「エッ、準備運動ですか!・・ハッ~」僕は感心してしまったが続けて「軽くって、どのくらいの数をその準備運動でやるんですか?」と聞くと。
虎男さん僕の顔をまじまじと見ながら「その日によって違うが、2百から3百位だな」
僕は、知らないうちにハッ~と声が漏れてしまった。
僕は今、やっている腕立ては30回である。それでも終わったとき、腕の筋肉が張る。
ツトム先輩もなんか唖然としたような顔つきをしていた。
虎男さん感心して聞いていた僕らを残して、格好よく軽く手を挙げて「オス」と返事をして道場から出て行った。僕らはしばらく無言で立っていた。
ツトム先輩が「俺も昔は軽く2百から3百やっていたんだが、今はちょっと肘が悪くなってやめているんだ」僕は先輩の顔を見ないようにした。

ちょうど真太郎先生が事務所から出てきたので先生のほうに顔を向けた。
「オイ、お前たち何話しているんだ、おぅ~、虎男の事だろう、アッ」オスと答える。
先生は笑いながら、「名古屋の戸山先生は気合の塊みたいな人で、稽古中に先生がホレ、気合だ~、と叫ぶと生徒が泣き出して便所に逃げるらしいよ。だから続けて稽古している生徒は先生と同じように気合の塊になるらしい。でもいつも生徒が怖がってやめてしまうので、戸山先生ときどき猛反省しているらしい」と笑いながら話してくれた。
ツトム先輩が「それ、簡単に想像がつきます」と答える。僕もうなずく。
僕は真太郎先生に「先生は腕立て伏せ、腹筋をどれ位やるんですか?」と聞くと「2~3百位だな」軽く言ってきた。
僕が「虎男さんも同じ位やるらしいです」
「お前たちも続けてやればその位の数はこなせるよ」
「エッ、先生ホントですか?」と僕が言うと、「ローマは百日でならず、と言う諺知っているか?」と言って、先生はちょっと自信のない顔つきをした。
僕は「ハァ~!?」と思わず声が漏れてしまった。
ツトム先輩が真面目な顔つきで「千里の道も百歩から・・とも言いますよね」
僕は、今度は「エッ~!?」とあきれて、声が漏れた。
僕は先生と先輩の顔を見ながら、なんか二人で漫才やってるのかと思った。
二人ともちゃんと諺を知っていて、わざっと、冗談を言っている様にもみえる。
でも、もしかして、本当に“千里の道も百歩…”なんて・・・やめよう、考えると頭が痛くなってくる。
先輩と道場を出る前に、「タケゾウもツトムも技に力、スピード、切れをつけるために走ったり、飛んだり、腕立て伏せ、腹筋・・・などやると良いぞ」先生がアドバイスをしてくれた。その言葉と、虎男さんの蹴りの感触が胸によみがえった。
父親の日誌にあった。“・・・目の前の一つ一つの技に絞って・・・”言葉が浮かんできた。ヨシ~と自然に気合が湧いてきた。
腕立て伏せ30回や50回ではどうしようもない。
竜馬先輩にも笑われる。焦らずに回数を増やしていこう。
続く