

カラテ物語
Written by: G.G. Oyama
Illustrated by: 木村僚佑
Ryou Kimura
第六章 朝トレ

枕元のスマホが朝5時を知らせる。
母親はまだ寝ている。そぅと起こさない様に外に出る。
練馬の街はまだ寝静まっていた。朝の冷気の中に昨夜の焦熱が感じられる。
軽く屈伸をやり、走り出す。空気が重く身体を包むように感じる。湿気が強い。
10分も走らない内に脇腹が射し込むように痛くなってきた。
真太郎先生が言っていた「走りなれないと脇腹がすぐ痛くなる。そこで止まるな、その痛さを誤魔化して走れ、少しずつ痛さが消えていく。頑張って走れ、スピードを落としもいいが我慢して走れ・・・」そんな言葉が思い出された。
僕は「アゥ~、ウッ~、アッ~」と声が漏れたが我慢して、よたよた走った。
しばらくすると先生が言ったように脇腹の痛さが消えた。新しい発見だ。
走りながら昨日の稽古のことや、帰り道ツトム先輩との会話が浮かんできた。
・・・虎男さんの蹴りを受けたとき、ほんとショックだった。
こんなにもパワーが違うとは驚きだった。
そう言えば、ツトム先輩も帰り道、静かだった。
何時もは良く喋るのだが、何故か無言だった。つられて僕も話の糸口が掴めなかった。
別れるとき、ツトム先輩が「俺も少しウエイトをやろう~、と思っているんだ。・・・・タケゾウはやらないのか?」と思い詰めてるように言ってきた。
「オス、僕は腕立て伏せと腹筋、ランニングをもっとやろうと、思ってます」
「2~3百だぞ・・・お前できるか?」
「できません。でも、少しずつ数を増やしていこうと思ってます」
・・・噴き出してきた汗が眼に入る。足が少し重く感じる。
汗と脚の重みを感じて、昨日の事が遠のいたがまた、少し走っていると浮かんできた。
駅前で別れてから、ツトム先輩のことが心配になった。
ちょっとショックが大きすぎたのではないか、カラテを辞めなければいいと思った。
僕も正直に言ってショックだったが絶望はしていない。逆に闘志が湧いた。
竜馬先輩は稽古をはじめて5年らしい。
虎男さんも2年、僕はまだ、4か月ちょっとである。これからだ。
城北公園が見えてくる。なんか年寄りばっかりだ。
公園の周りを歩いてる人や不思議な運動をしている人、ベンチに座って人、ジョギングしている元気な人、若い人は一人も見えなかった。
公園に入ると、ベンチに座っているお爺さんとお婆さんが僕を珍しそう見る。
なんか二人ともしわだらけだが、恋人同士に見える。老いらくの恋か。
お婆さんの方が微笑を見せながらなぜか、頷く。
ちょっと照れたが無視をして端で息を整えて、腕立て伏せを始める。
5回目くらいから、腕や背中が硬く感じられる。
10回目に入ると腕が震えてきた。我慢してもう5回やる。
最後の回は膝がついてしまったが15回やったことにする。
ストレッチをしながら腕を休ませる。
汗が止まらない。また腕立て伏せを始める。7回やったところでギブアップ。
公園の中が明るくなってきた。でも僕の心の中は、お先真っ暗。
頭の中では100回できると言っているのだが、身体は「お前止めろ」と言っている。
休んで、も一度挑戦する。気合を入れる。
「10回はどうしてもやる」と自分に言い聞かせる。
6回目で腕が震えだす。気合を入れる。
こんどは腕だけじゃなく身体も震えだす。
9回目で膝が着いてしまったが、とにかく続ける。
休んでまたチャレンジする。5回目で両膝が着いてしまった。そのまま続ける。
後は肘や膝が着いたが無視して全部で50回終わらす。
誤魔化したことは分かっているがとにかくやった、事にする。
今日中にあと50回なんとかやろう。一日100回は必ずやる。
3回でも5回でも、時間をかけて積み重ねていけば50回はやれる。
ベンチに座っていた、お爺さんが歯の抜けた口を開けて笑っていた。
勝手に笑えと思った。走り出すとお爺さんが拍手をしてくれた。照れた。
帰り道は途中で歩いてしまった。でも新しくスタートしたことには変わりはない。
いままで経験したことのない世界である。マイペースで行くしかない。
家に帰ると母親がエキサイトして朝食を豪華に作ってくれた。
卵焼き、ハム、フルーツ、トースト、オレンジジュース、嬉しかった。元気が出た。
夕方、道場が近づいてくると虎男さんの顔が浮かんでくる。
もしかして今日は何かの事情で欠席するかも・・・なんて思ってしまった。
弱気になっている。
予想は外れた。虎男さん僕より先にきて汗を流していた。
道場の壁に大きなポスターが貼ってあった。
秋に開催される全日本選手権のポスターだった。
JAPAN CUPと筆文字の英文で入っていた。格好いいポスターに見えた。

稽古が始まる。先生がポスターを指しながら「できるだけ皆出場するように、自分を発見し、組手を完成さるには道場だけの組手では難しい。大会に出場して他の支部の道場生と戦う経験は、勝ち負けに関係なく素晴らしい経験となって残るヨ。きっと今まで見た事のない自分を発見するかもしれない」
僕はなぜか先生の話を聞きながらドキドキした。
先生が続けて「俺も今回の大会は、選手として出場する」と言った時「オゥー」とみんなが歓声を上げた。「毎週金曜日は組手、チャンピオンクラスにする。江古田の生徒も参加させる。そこで皆のレベルにしたがった組手を練る稽古をする・・・分かったか」みんな「オース」を返事をする。
先生が江古田の生徒も参加せると言った時、なぜかドッキとした。
竜馬先輩も稽古に参加するのだろうか・・・とちらっと思った。
その晩の稽古は何時もより道場に気合が溢れたような気がした。
全日本選手権と言う大きな目標が掲げられ、道場が気合いで揺れるようだった。
次の週、金曜日なんとなく一日中、緊張していた。放課後、図書館で勉強していても夜の稽古の事に気が向いて、頭が空回りしてしまった。
僕にはチャンピオンクラスまだ無理かもしれない、どうしよう~、出席しようか、止めようか・・と考えていた時、ツトム先輩からメール届く。
「タケゾウ、今日の稽古どうするんだ・・・」迷っているのは僕だけじゃない、ツトム先輩も悩んでいるようだ。その先輩のメールを読んだとき、自分の弱気が見えた。
「こんな弱気じゃしょうがない」と自分に言い聞かす。
僕は先輩に「稽古に出ます」と返信する。気持ちに踏ん切りがついた。
東武練馬駅の改札口を出ると、ドキンドキンと胸の動悸が大きくなる。
行き交う人に分からない様に大きく息を何回もして動悸を抑える。
道場に入ると、竜馬先輩の顔、虎男さんお顔がすぐ眼に入る。
よけい身体が硬くなる。いままで見た事ない色帯が4~5人いた。
道場内にピーンと緊張の糸が張ってるように感じた。

稽古が始まり準備運動を済ますと、先生が「まず構えと脚の運び、イメージをしながら動け」と指示をしてくる。
2セット動いて後、先生が「前に出る組手か受ける組手か…具体的にイメージをしろ、あれやこれやと考えるな。自分の身体に入っている技を、相手より先に出すか、受けて出るか、相手の呼吸に合せるか、3つの拍子を、テンポをイメージして動け」3セットをこなす。なんとなく自分の動きが硬い。
まだ組手が始まっていないのに無意識のうちに組手の事が頭一杯に広がる。
先生が僕の傍にきて「タケゾウ、声を出せ、ハイ、ハイ、とか、オシ、オシ・・声を出さないと気が胸の中で固まってしまう。いいか声を出せ、声は気合だ、声を出して拍子、テンポを掴め。ハイ、ハイ・・だ。気を中にためるな、気を外に向けろ・・・」
先生のアドバイスに従って、小さい声で「オシ、オシ」と気合を入れる。
なんとなく身体がほぐれてきたように感じ、イメージも出来るようになった。
いつも先生や先輩たちが言っている「実戦組手は気合が勝負だ。さがるな、前に出ろ!さがったら、おしまいだ」だから僕はさき先と攻めるイメージをしながら動いた。
次に正拳の型、4つのコンビネーションを相手のアームガードに突く。
最初は相手が動かず、次のセットは相手の動きに合して突く。汗が噴き出た。
息が上がって苦しくなる。僕の相手は茶帯の人で、歳は35~7歳の人名前をまだ知らない。きっと江古田の道場生かもしれない。
正拳の後は蹴り技に入った。僕は前蹴りと回し蹴り、それに膝蹴りをつけて動く。
2セットこなしたあと、それぞれのランクに従った突きから蹴り、蹴りから突き、受けから突き蹴り、その技の流れを、繰り返す。
気負ってしまったのか直ぐ息が上がってしまい、モタモタしてしまった。
突きも、蹴りもまったく鋭さがなく、切れも出なかった。
「息が上がってからが、本当の勝負だ。頑張れ、オーリィヤー!」と先生の声。
道場のあっちコチから一段と気合が聞こえる。虎男さんの気合は直ぐ分かる。
二列に並び攻撃と受けに分かれた約束組手に入る。
約束組手の後、ストレッチに入る。いよいよ組手の稽古である。身体が震える。
先生が次々と名前を呼びあげる。江古田の生徒が出ると、竜馬先輩や江古田の黒帯の人がガンガン声援を送る。練馬の生徒も自分たちの生徒にドンドン声援を送る。
先生が笑いながら「オイ、対抗戦じゃないぞ」と言うが、みんなの声援は変わらなかった。
黒帯や茶帯の人の組手は攻防が激しく見ている僕はハラハラした。
何時自分が呼ばれるのか、そわそわして両膝が動いてしまう。
先生がそんな自分の気持ちを察したのかついに僕の名前を呼んだ。
「オス」と言って立ち上がって前に出ようとしたとき躓いてしまった。
先生が「焦るなよ・・・みんな逃げはしないから」と言うと爆笑が起きる。
誰が僕の相手か胸がドキドキした。脚が宙に浮いてしまっている。
先生の「虎男」と言う声が聞こえた。
一瞬、胸の中で爆弾が破裂した。
続く。
