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カラテ物語 

Written by:  G.G. Oyama

Illustrated by:  木村僚佑

                           Ryou Kimura

第 7 章 組手 

僕の相手は一番気になっていた虎男さんだった。目線を合わせると睨まられた。

思わず目線が外れて宙をさまよいだして仕舞った。

「オイ、天井になにかあるのか?」と先生の声。「はっ~」と声が漏れた。

先生が虎男さんに「タケゾウはまだ初心者。先週はじめて審査を受けたばかりだからチョッと加減してやれ」と注意をしてくれた。虎男さん顔色を変えず「オス」答える。

先生の「初め」の号令。僕は夢中で前に出た。

とにかく突かなくてはいけない。左足前の構えから送り足で間合いを詰める。

虎男さんの大きな胸、筋肉の塊のような顔が眼の前に迫ってくる。恐い。

僕はあわてて、焦って右の逆突きから出る。それも一発だけ。

いつも先生から基本的にはどんな相手でも「構えた前の拳から出ろ。相手との間合い、角度、なによりも自分のテンポ、拍子を掴むために・・・」と教わっていたのに。

虎男さんが左の外受けで僕の右拳を払って、僕の右側に回り込んできて、右手で僕の肩を押してくる。的が消えたので何もできなかった。

竜馬先輩が「タケゾウ~、動くんだよ、硬くなるな!」との声が聞こえる。

道場のあっちこちから「まわって左、右だ。突いて蹴るんだヨ」の声。

ツトム先輩の声もまじっていたみたいだ。

構えた左の正拳を出さないと焦ったが自然に右の正拳をまた出そうとした瞬間、僕の開いた薄い胸に虎男さんの左の正拳がヒットする。

虎男さんコントロールしてくれた様だけど僕は後ろにひっくり返ってしまった。

先生が笑いながら僕を起こしてくれた。

「オイ、タケゾウここの道場は今年で7年目だが誰も今まで組手で死んだ人間は一人もいない、安心しろ。虎男が受けてくれるから、突いて得意の右の回し蹴りだせ」と言いながら僕のお尻を叩きながら前に押し出す。

虎男さんがどうして良いか分からないような顔つきしている。

僕は恥ずかしくなった。ツトム先輩の左右の突きから回し蹴りだという声が聞こえた。「ヤァー」と気合を入れて夢中で左、右と突いて出た。

虎男さんがまだ構えていなかったのでまともに両方の突きがヒットした。

虎男さんが後ろに崩れる所を右の回し蹴りをだす。

アッと思った時は虎男さんの左のテンプルに決まってしまった。

虎男さんがそのまま後ろに倒れてる。僕はどうして良いか分からなかった。

先生も道場生もみんな驚いて「オアッ!」と叫んだ。

先生が「オイ、虎男大丈夫か?」と言うと、虎男さん頭を振りながら僕を睨んで「おまね~、俺まだ構えていないどろう、落ち着けよ」と言いながら立ち上がる。

僕は「スミマセン」と謝る。竜馬先輩の笑った顔が眼に入る。

先生が虎男さんに「お前続けられるか?」と聞くと。「大丈夫です」と力強い返事。

僕は、思わず先生に「自分はもういいです」と言ってしまった。

道場のみんなが爆笑した。虎男さんも笑い出した。

笑っていないのは僕だけだった。

先生が「心配するな。俺が良く虎男を見ているからもう少し続けろ」と笑いながら僕を見る。仕方がないので「オス」と返事をして構える。

動こうと思ったが、両腕も両足もなんとなく金縛りにあったように硬くなってしまった。

虎男さんがスッーと僕の眼の前に入ってきながら、左の突きを出してくる。

受けないといけないと焦ったが、タイミンが遅く僕の胸に軽くヒットする。

虎男さん突きをコントロールしてくれたので、僕は倒れなかった。

虎男さんの目線の中、一瞬ちらっと鋭く光る殺気の色を見たように思った。

「アッ」と思った瞬間、虎男さんの右の下段、ローキックが襲ったきた。

“ガシ”と衝撃が左脚に来て、腿の筋肉がぎぃゆーと固くなる。

目の前が真っ暗。僕はそのまま倒れていた。

先生が遠くのほうで「ヤメーイ」と言っていた。

虎男さんに起こされたが左足が攣ってしまって、棒の様に固くなってしまった。

痛いなんてもんじゃない、気が遠くなる。

もう左足は自分の身体ではないような感じである。

泣きたくなったが、泣く力も出なかった。

先生が「虎男、お前ね~、タケゾウはまだ下段の受けができないだヨ、たっく、しょうがないナ~。今晩、風呂で良く揉め」と言ってくる。

なんとか立ちあがって、左脚を引きずりながら道場端に座る。

頭に来たが今の僕では虎男さんに敵わない「でもいつか仕返しやる」と心の底で思った。僕は知らないうちに両手で左足の腿を揉んでいた。

 

先生がツトム先輩を次に指さしたが、ツトム先輩なぜか「左足の膝をチョット痛めているので今日は組手遠慮します」と言い訳をしていた。先生が笑いながら頷く。

竜馬先輩が先生に「自分が相手します」と出てくる。

虎男さんの顔に緊張感が見えた。竜馬先輩はいつもように無表情で虎男さんを見つめる。先生がライト・コンタクトでやれ、と言った後「はじめ!」と号令を出す。

虎男さんどんどん前に出る。竜馬先輩は軽い足の運びから、まわりだした。

虎男さんの猛獣のような叫び声「オリヤー」と気合を入れる。

竜馬先輩もその気合いに応える様にして「オシ、オシ、オレ~オレ」と声を出し構えた両手を上下に散らし、虎男さんの動きを窺っている。

見ていて竜馬先輩がまったく虎男さんのキン肉マンのような身体、雰囲気を切り裂くような気合に動じていないように見えた。凄いと感心した。

竜馬先輩が虎男さんが間合いを詰めてくる瞬間、いきなり構えたまま右の膝蹴りを出す。

虎男さんが受けそこなって、ちょっと態勢を崩す。

竜馬先輩が右腕で虎男さんの左肩を引き付ける様にして左の回し蹴りを脇腹に決める。鈍い「ウッ」と言う声が虎男さんの口から漏れる。

そのまま虎男さん脇腹を抑えながら両膝をついてしまった。

竜馬先輩が凄くかっこよく見えた。竜馬先輩が虎男さんの傍にいき、背中をさすりながら軽くとんとんと腰の後ろを叩く。虎男さんの詰まっていたような息が戻ってくる。

虎男さん首をふりながら、ぶ厚い胸を開いて大きく息をする。

両手を帯に掛けるようにしながら竜馬先輩が虎男さんを静かに見つめていた。

先生が「まだやれるか」と虎男さんに聞く。

オスと虎男さん応えて構える。

その後は虎男さんなかなか竜馬先輩の間合いに入らなかった。

 

稽古が終わった後、ツトム先輩と帰りが一緒になった。

僕の左足がまだ攣っているような感じがするが、幾らかは足の感覚が戻ってきた。

普通に歩けるようになるまで時間かかる様な気がする。

ツトム先輩が「竜馬やっぱ上手いな~、昔はそれほど俺と差がなかったんだが最近はちょっと俺と差が出た感じがする」

僕は、「エッ」と声が漏れそうになったがツトム先輩の顔を見ながら「先輩、膝どうしたんですか?」と聞く。ツトム先輩の顔が“アッ”と言う顔をして。

「アッ~、膝か、う~ん、チョットひねった様だ。でもすぐ直る感じがする。大丈夫だ」

なんかあわてて言い訳をしているように見えた。

「虎男さんも強いですが、竜馬先輩はレベルが違うような気がします」と僕が言う。

ツトム先輩が「竜馬はセンスがいいよ」と言いながら、外受けの格好をした。

竜馬先輩が虎男さんを崩した右手の使い方を真似しているように見えた。

僕はそんなツトム先輩に親しみを感じた。

ツトム先輩と別れてから、帰り際に先生が僕に話してくれたことをもう一度考えた。

 

「タケゾウなんでも前に出るのがいいじゃないよ。前に出るのは自分の気迫、気合を相手にぶつけるんだが、構えは固くなっては、サンドバックみたいになってしまう。

構えが固くなるのは、相手に気合負けしているからだ。前に出るには、自分のしっかりした組手の型がないと駄目なんだ。お前が型を習うのは、身体で捨て技、決め技を身につけるためなんだ。相手と気合がぶつける。技の間合い入る。その瞬間自分の組手の型がないと動きが見え見えになって相手にそこを潰される。

危ない、怖いと、感じて直ぐに自分の利き足や利き腕の技に走るだ。それは稽古がまだ足らないのと気合がまだ練れていないからなんだ。いいか、誰でもそういう経験を通じ強くなっていくんだ。だからお前は悲観するな。叩かれ、蹴られた生の体験を生かして強くなるんだ。お前はまだまだ虎男や、竜馬と比べると2年、4年ぐらいの稽古時間に差がある。これからだ。お前は自分の技や動きに素直さがある。頭でっかちの“我”ない。稽古に入るときはその素直さがとても大切なんだ、変な“我”を入れると技や動きは体に入りにくい。“我”が自分のカラテを狭く、浅くしてしまうんだ。

稽古は自分との戦いと思え!

まず正確に一つ一つの基本の技を身に付けろ、それから本当の勝負に出る。

あわてるな、今日はいい経験したんだ。頑張れ、励めタケゾウ。」

 

先生の言葉がまだ僕の胸の中で響いている。

僕のカラテ道に対する稽古が、いよいよ本格的にスタートするような気がしてきた。

続く

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